2006年09月02日

さらばハイセイコー(増沢末夫)

〜誰のために走るのか 何を求めて走るのか〜

ep-masuzawa1.jpg作詞:小坂巖・山田孝雄
作曲:猪俣公章
オリコン:4位
売上げ:27.7万枚
B面:実況録音(弥生賞・皐月賞・菊花賞)
発売日:1975/01/01


ハイセイコーの引退記念としてリリースされた作品。
1975年の元旦発売でオリコン4位になるなどヒットしました。
作曲は猪俣公章ということもあり、なかなか渋いメロディで、
増沢末夫の味のある歌声が花を添えている名曲であります。

当時は長島茂雄が引退する頃で、新たなヒーローが求められた時代。
そんな中、世間の注目を集めたのがこのハイセイコーであります。
もともと地方競馬出身でしたが、あまりの強さのために連戦連勝〜
1973年にJRAに移籍して以来、爆発的な人気を呼びブームに!
競馬を知らない人もハイセイコーなら知ってるような時代だったとか。
私もまだ物心がついてない頃でよく知りませんが、とにかく凄かったらしいです。

そのハイセイコーに跨っていたのが、増沢末夫さん。
もちろん歌手ではなく、JRA所属の騎手(現在は調教師)
JRA所属騎手として初めて1万回騎乗&2000勝を達成するなど、
「鉄人」の愛称で親しまれてきた往年の名ジョッキーであります。
そんな増沢さんが、ハイセイコーに対するオマージュを込めて熱唱♪
このレコード発売の際にはいろんな歌番組で歌を披露したそうで、
聞くところによると、あの11PMにも出演したらしいです。

日本に一大ブームを巻き起こしたハイセイコーも、2000年に死去。
本当の意味で「さらばハイセイコー」となりました・・・
♪ありがとう友よ〜さらばハイセイコー

■ さらばハイセイコー ― 完全追悼盤
■ 20世紀の名馬100 BEST10

≪1975/01/01 他に発売された主なシングル曲≫
・特になし

≪1975/01/01 主に起こった出来事≫
・オギノ式を考案した荻野久作(産婦人科医)が死去。
・サッカー天皇杯が行われ、ヤンマーが4年ぶり3度目の優勝。

以上、さらばハイセイコーが発売された1975/01/01でありました。
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